「西田学人生初の京都へ行く」エピローグ「小杉Bはいかにして大人へなったのか。」
エピローグ
「小杉Bはいかにして大人へなったのか。」
2016年10月。
京都旅行から二年の月日が過ぎた。
あの頃中学生だった俺らも今や高校二年生になった。
ふと最近塾の先生や学校の先生を見ていて考えたことがある。
彼らははじめ俺らにとても厳しく接する。
それこそ今では怒らないような些細なことでも全力で怒り激しく激昂した。
しかし時がたつにつれて彼らのそういった態度、接し方は見受けられなくなっていった。なぜなのか、俺は中1から高校二年生まで
まったく性格も変わっていないし、人間的成長もしていない。
そもそも俺は中1の頃から先生が怒るボーダーラインを敏感に感じることができた。これはしちゃいけないという分別はあの頃から付いていた気がする。
それなのになぜ先生はあの頃あんなに俺らに厳しく接していたのだろう。
少し掃除がもたついていただけで怒ったのだろう。
いまでは先生の方から掃除をせずに帰っていいと言われるのに。
なぜあの頃はそれほどまでに全てに厳しかったのだろう。
きっとそれは俺らを教育しなければならない対象と考えていたからだ。
学校というフィールドでは大多数の意見で物事が回っていく。
だから中1から変わらずおとなしかった俺がいても
彼らは我々中学一年生をやんちゃで無知などうしようもない対象としてみていたのだろう。実際に大多数はやんちゃなやつだった。
逆に高校二年生になった今、先生は殆ど怒らなくなった。
それはやんちゃだった生徒たちが次々と人間的成長を遂げ
大人になった生徒の割合が大多数を越したからだろう。
大人たちの会話でよくブラックなジョークで笑い合うというシーンをみる。
今では生徒と先生との間でそのような風景が見られるようになってしまった。
英語の先生「そういば、今週の日曜は中学生たちが運動会なんだよね。」
生徒「まじか~、なつー。」
英語の先生「君たちもやったよね、懐かしいですね。」
生徒「もし日曜が雨になったらどうなるんスカ?」
英語の先生「中止なんじゃないですかね。どうなんでしょう。雨になるかなぁ。
ちょっと皆さ、いま携帯出して天気予報見て調べてみてよ。」
生徒「じゃぁあとで調べときまーす」
英語の先生「いやいやいやww」
俺らの学校は携帯電話持ち込みが全面禁止だ。
中1の頃は携帯の話題すら出すだけで張りつめた雰囲気になっていた。
ただそれが守られていない現状が
今やブラックジョークとして生徒と先生の間で機能している。
俺らはおとなとなったのだ。
俺はずっと前から変わらない。
だから余計周囲の生徒が大人へなっていく過程を冷静に感じることができた。
そう。今俺は高校二年生の世界にいる。生徒の殆どが大人になった世界だ。
そしてそこには当然彼の姿もあった。
京都旅行。さんざん俺をかき回し、気を使わせ、疲弊させたあの男。
面白いからと塩昆布のびんを食べさせ、
公共物である枕のシーツを破り、
常に人の私有物であるカメラを勝手に使いまくったあの男。
そう。小杉Bである。
彼は中学三年生のとき学校の文化祭で高校二年生が地価の小講堂でギターを振りかざし音楽ライブをやっている姿に強い衝撃を受けた。本人曰くだがそこから彼の運命は位置づけられたらしい。その翌日には将来バンドマンになり
生計を立てるという誓いが彼の中に存在していた。
はじめ俺はどうせいつものマイブームだろう。ブームが過ぎたらいつもころっと忘れてしまう。彼のそういった性格の部分に何度痛い目にあってきたか。
カラオケに行っても数曲で飽きてしまい、ずっと携帯をいじくる。
学校の朝俺に一緒に下校しようと言っておきながら
実際下校時には他の友だちと下校してる。
文化祭で俺が映画案だしたときに
絶対にそっちに手を上げると言っていたのに
いざその時になると外の案に手を上げていたり
そんなあいつだったから発言を信用できなかった。
せいぜいもって一ヶ月だと思っていた。
しかしそのときだけは違った。
毎日毎日バンドやりてぇという日々。
それどころか今度は俺にギターを弾けと要求してきたのだ。
「オマエとは一生付き合っていきたい。そう思えるんだよ!オマエは!
俺と一緒にバンドで世界目指そうぜ!」
彼の壮大な人生パートナーに勝手に任命されてしまったらしい。
とうとう巻き込まれてしまった。そこからは彼の音楽理論をたっぷりとティーチングされる日々。京都旅行のときも彼の好きなロックな曲を頼んでもないのに移動中延々と聴かされた。俺は今回のブームは長いなと感じていた。
やれやれだと思っていた。そして京都旅行が終わり
再び学校での生活が始まり。2014年の暮れ。
彼からとんでもない発言が飛び出した。
「大学ももちろん一緒だからな」
彼の言い分は単純明快。人生をともにする人間だから進む大学も同じだと。
俺の志望する大学はこの頃からすでに決まっていた。
それが映像を心理の学問として扱う専門的な大学だ。映像に興味がない小杉はまず四年間モチベーションが続かない。
それを説明した。だがアビリティグットバイを使われてしまった。
「うるさい。だまれ。一緒に行く。」
やっぱり考えが浅い。そう思わざるを得なかった。
小杉には小杉の学びたい学問を学んでほしい。俺にあわせるために
心理学を学んでほしくなんか無い。俺とバンドをするためなんかに大学生活を軽く捉えてほしくない。そう思った。
結局中学時代の小杉は何を言っても大学の志望校は俺にあわせると言って聞かなかった。そして2015年2月。あいつのバンド熱は勢いを止めず
加速した。俺にギターを買って練習しろと要求してきたのだ。
「高校二年生になって俺たちも文化祭でライブしねぇといけねぇんだよ!」
「いやー…それは…」
「俺もドラム買うから。で練習し合おうぜ!」
新品のギターなんて高いに決まってる。彼の不確かな目標のためにそんなカネ出したくないと思っていた。それでも音楽という男の夢、小杉の夢を冷静に分析している自分がいるのと同時に、小杉と同じように音楽が大好きで
ギターを弾いてみたくってしょうがない自分がいることも事実だった。
中学1年の頃。俺はフジファブリックなどの音楽のPVを見て
ギターを弾く姿に憧れていた。そこでギターを買いたいという気持ちが生まれた。さらにクラスのイケてる奴らがバンドを組むらしかった。
そのメンバーの一人とはよく話す仲で交流があった。
ちょうど彼らはギターを探していた。そこで
「西田ギターやんね?」と言われた。すごく嬉しかったので
その晩に親と話して、ギターを弾くことを許可された。
しかし許された嬉しさとは裏腹にその話を伝えたとき
メンバーは喜んでいなかった。あのすぐ後にLINEでギターを弾いてくれる人が見つかったというのだ。クビである。
オマエがまさか許されるとは思っていなかったと言われた。その時悟った。
「やっぱり俺なんかはギターを弾いていい人間なんかじゃないんだ」と。
音楽なんてクラスの人気者がやることだ。
変にその世界へはいったらまたこんなことが起きる。
それ以来ギターを弾きたい。買いたいとは思わないようにしていた。
でも小杉というどうしようもないほど音楽に真っ直ぐで純粋な存在に
影響を受け、徐々に俺もギターを練習したいという気持ちが湧いた。
そして小杉にこの中1の話をしたら、思いっきり怒鳴られた。
「オマエ馬鹿か?オマエを切るわけねぇだろ?オマエと一緒にバンドをずっとやってくんだって何回も言ってんじゃねぇか!」
この言葉で俺は単純だがギターを買うことにした。
そして中学三年生の暮れ。俺はギターを買い練習を始めた。
ギターのお金は俺の16歳の誕生日でまかなった。
小杉に報告すると彼はメチャクチャ喜んでくれた。
「よっしゃぁ!おれもドラム買うからな!」
しかしドラムは9万。部屋に置くスペースが無いと断念。
結局俺だけが楽器を購入し練習していくこととなった。
やっぱりですか。小杉さんやっぱりですか。
小杉は自分もドラムを買うと言ってやっぱり買わなかった。
それでも中1のあの時の嫌な気持ちは感じなかった。
もうそれが小杉なんだ。発言は一切信用できない。
いつも能天気で反抗ばかりする。けどそれでいいんだ。
それも含めて小杉なんだと思えるようになった。
たとえあいつが本気でなくても良い。いつか飽きが来ても良い。
「バンドごっこ」でも良い。もし
「ごめん。やっぱり無理だったわ。てへ。」
と笑顔で言われても、俺が買ったギターは何だったんだなんて反論しないだろう。きっとやっぱりな。と笑い飛ばすだろう。なぜならそれが小杉だからだ。
そして俺は高校一年生になり小杉とはクラスが分かれた。
その一年間は小杉と初めて池袋の音楽スタジオでセッションしたり
なんだか有意義な気がした。小杉もきっと夢に向かって進んでいるんだと
思っていたに違いない。もしバンドはやらなくても俺が弾けるようになりたいからとギターもこまめに練習し単調な曲を数曲弾けるようになった。
「ごっこ」で十分だ。ずっとこんなゆるい感じでいいよ、と心で思っていた。
そして2016年。その時がきた。小杉が現実を知る時である。高校二年生となった俺は再び小杉と同じクラスになれた。1年ぶりの再会。去年は部活でしか
合うことができず普段の学校生活はほとんどしらなかった。しかし高校1年の小杉の学校成績は正直笑えないものだった。知っての通り義務教育は中学まで
高校からは進級できるかどうかが成績によってきまる。一年間の考査平均点が40点を下回れば即留年。三科目以上平均点30を下回れば留年。
小杉はその全てがギリギリを行っていた。首の皮一枚状態だ。
中学時代では笑い飛ばせていた彼の成績が
高校時代になり彼の首を絞め始めた。
そういった現実によるプレッシャーが、彼の無鉄砲だが明るい性格を奪ってしまった。彼は昔のように昼休みに俺を食堂へ連れては行かなくなった。
昔では必ずブチギレていたような俺の返答も平然と流す。
そう。小杉は以前のように自分の主張を通す性格は消え
押し付けがましくなくなったのだ。
良く言えば丸くなった。しかし悪く言えば、
小杉Bではなかった。
俺が知っている小杉は眼の前にいる。中学三年生から十分身長は伸びていたので体格的な差はない。同じ教室で授業を受けている。学校生活を過ごしている。
そのはずなのに、なぜか何かが違った。大人しくなったのは良いことだ。
京都旅行でもさんざん俺はそれを望んでいたはずだった。
なのにいざそれが現実になると京都での小杉が幻のような存在に感じられてしまうのだ。彼はどうなってしまったんだ?
体調が悪いにしては長引きすぎだ。もはやその大人しさは彼の性格の一部となってまったく動くことがないかのようだった。
彼は何になってしまったんだろう?その疑問に答えが見いだせないまま
日々が過ぎた。そして彼からこんな話題を振られた。
「やっぱり大学一緒ってのは無理なのかなぁ…」
ハッとした。あの小杉が、中学三年生からずっと言ってきた意見を非現実的だと自覚している。思わず「え?行くんじゃないの?行けるでしょ?なんで!?」
とまるで中学三年生の小杉のように。根拠もなく肯定する立場に立ってしまった。小杉は言った。
「うーん。なんかオマエが学ぼうとしてる映像にあんま魅力感じなくて…」
あぁ。そうか。
「かといって、俺学びたい学問とか無いんだよね。文学部もなんかだし。」
「あぁ…そうか。」
「うん…」
小杉は大人になったのだ。今まで目の前に映っていた小杉を大人という視点で見ると今までの疑問がすべて解決した。そうだ。小杉は現実を知って大人になったんだ。そうか。もうあの京都の小杉は、消えてしまったのだ。
今の小杉は常に悩み、将来の不安に怯えている。まさにこの高校二年生としてあるべき大人の姿だった。
それから数日して小杉が珍しく明るい顔をしていたので声をかけてみた。
すると小杉はある大学のパンフレットを見せてくれた。
それは「法政大学」のパンフレットだった。どうやら昨日一日法政大学生体験をしてキャンパスをまわったらしい。
「俺あそこ行こっかな。」
そういったときの小杉の顔が俺に何かを終わらせた。
そう。子供だった頃の小杉を完全に拭い去ってくれたのだ。
「そっか。よかったな!」
小杉はもう大人。あの京都旅行のやんちゃな悪ガキはもうそこにはいない。
でも。まだ覚えているのだろうか。大人になった小杉は
子供の頃に俺と過ごしたあの三泊四日の出来事を覚えているのだろうか。
俺は思わず聞いてみた。
「小杉。修学旅行で行った京都での出来事とかってまだ覚えてる?」
「あーあったなーあれ。でもなー
あんまり覚えてないんだよな。」
俺達はこうして大人へ変わっていく。
過去の思い出は消えていき、現在が更新されていく。
実際小杉も大人になり京都での出来事は殆ど覚えていなかった。
それでも、俺は覚えている。読んでくれたみんなも思い出せる。
小杉が忘れてしまったあの頃の小杉を思い出すためにも
この小説は存在しているんだと思う。
最後にこんな長い小説に最後まで付き合ってくれて本当にありがとう。
読んでくれた皆に感謝します。それではまたどこかで会いましょう。
2016,10,9
PS以上が全てです。長い間見てくださってありがとうございました。読んでくださった全ての皆様に感謝します。また何かあればここに載せたいと思います。
「西田学人生初の京都へ行く」最終話
最終話
2015年12月
以上が三泊四日の京都旅行で起きた出来事の全てだ。
すべては本当に起こった出来事だし、枕カバーも本当に破いてしまった。
セリフも実際に動画に入っていたものしか使っていない。
まさにノンフィクションの小説なのだ。
今コレを書いているのは2015年の暮れだが
第1話を振り返ってみるとなんと2014年11月17日からずっと、
俺はこの物語を書いていたらしい。その間流れた時間は1年。
その間に俺の身にも様々な変化が起きた。
俺は無事中学を卒業し高校1年B組にクラス分けされた。
そして高校生になったので晴れてスマートフォンを手に入れることができた。
そして新年度早々中学生時代は縁もゆかりもなかった生徒会という機関に
所属してしまった。さらにその夏には生徒会の皆の力を借りて脚本、編集、監督を手がけた4分間の文化祭オープニングムービーを平岡学校の全員の前でスクリーン上映した。驚くべきことに話したいことはまだ尽きない。
そりゃそうだ。4日間でこれだけのことが起きたんだから1年も経ってしまうと
とてもではないが語り尽くせない。
こんなにも大きな変化をもたらす1年という歳月。もちろんその1年という時間の流れはこの小説にでてきた他の人間にとっても例外ではない。
旅自体は終わったがここで補足説明、
この小説に登場してきた人物のその後をすこしだけ綴っておこう。
「三上」
彼はその後高校1年F組となり相変わらず青春野郎のようだ。最近では俺が
スマートフォンを買ったので自分がハマっているゲームアプリを俺のスマフォにインストールして俺という対戦仲間を作ろうとしている。
でもあいつのハマっているゲームアプリは難解すぎるので俺がそのゲームにハマるにはもうすこし時間が必要だ。
「小杉G」
この物語の端と端で登場した男。前回の話で俺は小杉Gをこの小説に再び登場させたが実に1年ぶりの登場だったようだ。
彼とは今でも学校行事で外での集合が必要になった時は一緒に要町で会い目的地へ向かっている。そういえばこの前の学校行事の時
他の友だちの先約があった為前日にそれを述べたらドタキャンドタキャンってめっちゃ非難された。んでもって結局オレは先約の友達と待ち合わすことができず一人で集合場所へ向かうこととなった。
「小野田くん」
彼とは高校になってからほとんど話さなくなってしまった。
それでも彼が頑張っているということはわかる。
毎年行われる文化祭のジャグリング同好会によるパフォーマンスでは
彼はジャグリングによって玉を体育館の天井につけたうえでキャッチしていた。
今ではジャグリング同好会のリーダー的存在らしい。
どんな逆境に遭遇しても彼は持ち前の冷静さで必ず乗り越える。
三日目の京都自由行動で俺はそれを知った。
彼ならやっていけるだろう。
「島田くん」
こちらもクラスが変わってから話さなくなってしまった。
三日目の自由行動のグループづくりの際田中と口論になった際に
小杉は「小野田より島田くんのほうが良い」と言っていたので
俺は共に静かなキャラの2人にどういった差があるのだろうと疑問に思った。
その後わかったことだが彼のゲームの腕は並大抵のものじゃないらしく
同じゲームを一緒にプレイした際に小杉はそのあまりの島田くんのゲームの上手さに島田くんを憧れの存在としてみていたのだ。だから小野田くんより島田くんのほうが良かったわけだ。
「前川」
彼はこの小説では最初から最後まで悲劇的な運命をたどるキャラクターだった。
ちょうど登場したタイミングが小杉Bの腹痛による機嫌が悪い時だったから
大変だった。軽い気持ちで言ってしまった一言がその後の想像を絶する小杉の執念深さに追われることになり悪夢のような時間を過ごしたのだ。
後で本人から聞いた話だが実はあの時前川はまったく先生から怒られてはおらず、小杉のテンションを下げさせ制裁を回避するための演技だということが分かった。彼はその後水泳部でまじめに部活を出席し続け、さらに自宅に帰っても自主トレをしたりして記録の好成績を収め、現在では水泳部の部長となった。
「能勢」
能勢はこの小説の中での登場シーンは少ないが強烈な印象を残したことだろう。
「THE・いい人」、こんな子がうちにも欲しいと誰しもが思ったはずだ。
そんなTHE・いい人は現在の2015年12月12日まで考査での好成績をキープし続け常に数百人の中で1桁の順位を獲得している。いじられるのは今も変わらずである。
「大西&笹原」
一日目の宿泊の際同室になった生徒たち、
その中でも大西と笹原とは現在クラスが同じで1年B組である。
笹原とはテストのお互いの出来具合を話したりする。
大西とはたまに話す。彼はいつも授業中机の上に鉛筆でバスや電車を落書きしている。相変わらず変わったやつである。
「白川T」
修学旅行で俺たちクラスをまとめてくれた担任の先生。
無意識に全身から醸し出す笑いのオーラはいとこを髣髴とさせる。
おじいちゃん版いとこといったところか。
その後白川Tは高校1年では担任を持たずB組の副担任に回った。
そのため毎日ホームルームをすることはなくなったが、今でもB組の担任の
研究日による欠席の際は白川Tはが出てきてホームルームをしてくれる。
正直担任よりも面白い。
「小杉B」
この小説の中でいい意味でも悪い意味でも最も大きな存在だった男。
彼はその後音楽に興味をいだき俺にも音楽をやれと迫ってきた。
その結果俺はエレキギターを買う羽目になった。
小杉はドラムを担当する予定で高校二年生の文化祭で生徒の前で曲を披露したいらしい。高校一年F組になった小杉は美術音楽選択で音楽を選んだ。
理由はもちろん音楽を選択すれば実際に楽器(特にドラム)が叩けると思ったから。しかし選択の音楽の授業では有名な音楽家の名前を覚えさせられたり
オペラのビデオ鑑賞をしたりと散々な目にあっている。
さらに成績もめっちゃ悪く高校という義務教育のたてまえが効かなくなった新たな世界で小杉はかなり苦戦している。
あと未だにテッドは見せてもらっていない。
以上が彼らの近況だ。
俺はこの物語を無事書き終えた。しかし始まりに戻ってみると
この物語を書き始めたのはある目的があったかららしい。
修学旅行でのとある疲労が原因で俺はその後熱を出した。
俺は完全に原因を知っていた。その疲労の原因を修学旅行の連載によって振り返ることではっきりさせようとしたのだ。45回の連載を経てそれは確信へ変わった。
俺が熱を出した原因、それは小杉Bによる俺の気疲れだったのだ。
あいつの発する言葉一つ一つに俺は健気に追い詰められ精神をすり減らした。
すり減らしたのは精神だけでなく身体面にも当てはまる。
一日目の夜から就寝にかけてのあいつのいじりで体は早くもボロボロ、
三日目の京都自由行動で班長になった俺は吉野家を探そうとスマフォゲームをしている水泳部2人をよそに駅内を無駄に走り回った。
自分が班長であるという責任があったからだ。
テッド鑑賞に乗り気でない俺にキレて枕を引き裂き、
三日目の京都自由行動の日も二連続で食べ物関係の店に行けなかった為この世のものとは思えない声を出し俺にキレた。
結論から言って小杉の隣にいる俺は気が休まることが一度もなかった。
その結果として俺は発熱した。
もういまだから言っちゃうが小杉Bの愚痴を書き連ねたかったのだ。
連載、物語というたてまえを利用して愚痴を吐き出し読者に読んでもらうことで
少しでもストレスを緩和したかったのだ。
しかし。物語を書き続けていくうちに次第にその気持は薄れていった。
ちゃんとした一つの作品を作ろう、後に残っても恥ずかしくない作品にしようと思い直したのだ。ちなみにどのへんで思い直したかというと20話過ぎた当たりから。
その気持を持ち続け俺はこの旅行記の本編を書き終えた。
その結果この作品は一つの文章作品としては西田学生涯初の超大作となった。
きっかけは小杉Bへのマイナスな気持ち。しかし今はもう違う。
俺はきっかけを与えてくれた小杉Bに感謝したい。
先生から与えられた800文字の原稿で終わってしまわなかったことを感謝したい。
俺にとって小杉Bはこの物語を生み出してくれた大切な人間の一人となったのだ。
そんなわけで小杉Bへの感謝も述べ終え満足したので、そろそろこの物語を終えようと思う。それじゃぁまたいつか、文章の作品か、はたまた映像の作品で逢いましょう。
西田学連載小説
西田学人生初の京都へ行く 完結
PS次回1年後のお話です。彼のその後を描きます。
「西田学人生初の京都へ行く」第45話「どのようにして西田は修学旅行を終えたのか」
45話
12:45
ホテルを出発。
予定では1時半だったので20分ほど早い出発となった。
バスの中では例によって小杉と隣になり
移動時間の間それぞれが買ったおみやげを見せ合った。
小杉は妹に対し八つ橋を買ってあげたらしい。京ばぁむはお母さん用と言っていた。
対する俺は一日目の旅館で購入した柿のお菓子を岐阜に、京ばぁむを兄に、
ご当地ノート、ペンセットを妹に、チョコレートをいとこに、そして八つ橋を
父と母に向けて購入したことを話した。
ただ実際に買ったおみやげを小杉Bに見せようと袋から出していた際
いとこ用に買ったチョコレートの裏の原材料に「卵黄」と書かれていたので
かなり焦ってしまった。いとこはたまごアレルギーの星の下に生まれた。
したがって卵料理を体内に摂取するとたちまち蕁麻疹を引き起こしてしまう。
熱を通したゆでたまごならまだしもクリーム生菓子などは大変なことになってしまうらしい。それでもいとこは己がケーキとかを食いたいがためにかなり頑張って卵アレルギー克服の訓練に勤しんでいる。これはその訓練に関してその母親から聞いたうろ覚えの話なのだがその訓練中にとある事故がおきてしまったらしいのだ。
訓練がある程度の区切りに差し掛かりいとこと卵に関する試験が行われることになった。そこで事故は起きた。はじめ生の卵白だけを食べたいとこは蕁麻疹を発症しなかった。しかし第二ステップとして食べた生の卵黄がまずかった。
体のあちこちをかきむしる可哀想な結果になってしまったらしい。
ほとんどうろ覚えなので合ってるか分からないが少なくとも俺にとっていとこのその話は非常に大きなインパクトを残していった。
いとこは確実に以前よりは卵アレルギーを克服している。
それでも俺の頭のなかでの卵アレルギーといとこに関しての最後の記憶は
母親から聞いたその話だったので、チョコレートを送ることはやめておいた。
急遽取りやめになったいとこへのチョコレートのお土産。その穴埋めとして何を
出せば良いのか。そして帰路へ向かうこのバス内でそんなことを考えていていいのか。てゆーか間に合うのか。と俺は急に思い悩みはじめてしまった。
13:02
京都駅へついた。ここでおみやげを買う時間はない。
しおりにも書いてあり、さらに昨晩の最終班長ミーティングでも数学の先生から口を酸っぱく言われていた。しかし俺はさっきバス内で発覚したいとこへのお土産
代用品問題があるので完全に先生たちの意向を無視した代用品を探す旅へ出ようと決心した。京都駅には京都班別体験学習のグループが各それぞれで順次到着していく。俺たちおたべのグループは一番乗りであった。三日目の京都自由学習でここを訪れた際に京都駅はこの京都という都市の中心部分なのだということを感じた。京都内のすべての路線に通っておりまさに駅内は大変な人数の人であふれていた。
だから今日もここはどうせ人でうじゃうじゃしているんだろうと思っていた。
しかし駅内は思った以上にすっきりしていた。
一番乗りで他の平岡生がいないからか、集合場所が駅の外れだったからか、よくはわからなかったけど人がぜんぜんいなかった。てっきり人と人の間を自分がうまい具合に体を捻らせないと通り抜けられないような人間迷路が作られていると思っていたが人の通りがまったくなかった。ここで何かしらのイベントでも開催されるのかまだ木材むき出しのステージが建築されていた。
これは思った以上に俺には時間があるとみた。さっそく駅内へ入りどこでもいいからおみやげ店を探しいとこへのおみやげを探すのだ。
小杉もなぜかその時はいなかったのでわりかしスムーズに行動できた。
ここへちゃんと戻ってこれるように地下から攻めていこう。
地下の階段を降りると商店街のような広い居場所に出た。しかしひとたび駅内に入った瞬間人口密度が一気に急上昇!あふれんばかりの人、人、人!
まさに人のビックウェーブ。この人達の上でサーフィンができてしまう。
ボードをこの人々の上に放ちつるーんと腹ばいに滑っていけそうだ。
想像を凌駕する圧倒的なその人々に俺の気分は完全に萎えてしまった。
まぁいとこだしいいか、ヤツのことだ。柿のお菓子をもらうだろう。
そんな発送の転換〈パラダイム・シフト〉に成功した俺は地下へ潜り数分も立たぬうちに元の場所へ戻っていった。結果論としていとこへのおみやげはナシになった。
ごめんないとこ。
しかし彼のおみやげ探しに当てるはずだった時間が急に浮いた。
この時間どうしよう。それになんか小杉もどっかいっちゃったっぽいし。
よし、やることは一つ。小杉に邪魔されない純粋に俺一人が出る京都での動画を撮るのだ。はじめ行きの新幹線を撮っていた時点でもうすでに小杉に邪魔されていたから未だに小杉に邪魔されず無事に俺一人で撮り終えた動画は撮ってないことになる。よし、やってみよう。こうして俺は京都旅行最後にして初めての一人だけの動画を回し始めた。
13:12
俺「旅しましょう、ちょっと。」
俺は右腕を目一杯に伸ばしカメラをこちら側に向けて撮影している。
いわゆる自分を自分で撮るセルフ撮影だ。
俺「腕目一杯伸ばさないといけないからねぇ…恥ずかしい。」
流れる緩やかな時間。カメラもブレず、怒号も響かない。
これほどにも穏やかな動画があっただろうか。俺は建物の紹介などをした。
俺「あれが京都タワーですね、」
カメラを撮る以上、視聴者のことをある程度は考えて行動しなければならない。
小杉Bはそのへんの気配りが激しく欠如している。
ちょっと長めのエスカレーターに乗りながら流れる風景を撮る。
まるでドリー撮影をしているようだ。ブレなく平行に画面がスクロールする。
合計にして2分ちょっとの動画。それでも撮り終えた俺は最後の仕事をし終えたような充実感に満たされた。京都で一人の散歩。それだけの動画。
それでもこの時の俺には撮り終えること自体が奇跡にも思えた。
なぜならこの動画は様々な不安要素を乗り越えて生まれたからだ。
撮影は時間的に見てラストチャンス。一回きりのチャンス。
小杉Bが絶対に現れないという確証もない。
もしかしたらそのへんのトイレに行ってるだけで撮影中に戻ってきてしまうかもしれない。そうなれば当然のようにカメラいじりが始まりすべてが無駄になる。
そんな緊張感があののほほんとした動画の裏側にはあったのだ。
正直オレは散歩自体したくなかった。二分もカメラをまわしたくなかった。
だがミッションは成功したのだ。
動画を終了する際に押したボタンの感触を俺は忘れないだろう。
俺「以上出演、俺、撮影、俺の動画でした。さよなら~。」
13:20
生徒全員が集まった。
小杉はそこら辺のファミリーマートで大好きなiTunesカード3000円分を買っていたようだ。なぜ京都でする必要があるのか全く理解できない。
移動が始まる。もうここからしばらくは駅の中での移動となるので
この京都の風景とはここで見納めだ。様々な見納めがどんどん連続して押し寄せてくる。本当に旅も終わりなのだ。
15:05
新幹線へ乗り込んだ。帰りの新幹線は東海道新幹線のぞみ232号である。
俺は小杉Bと通路をはさみながら隣同士で座った。
行き新幹線の際俺は小杉Bの勧誘にあった。
俺の隣へ来いと、しかし俺が小杉の隣に行くためには小杉の隣に座っている人間を俺の席へ移動させなくてはならなかった。しかし小杉の隣の生徒は小杉を除いた3人でトランプをし始めていたので移動することができなかったのだ。
そう言うと小杉Bはじゃぁお前の隣に座らせろといった。
そのためには俺の隣にいたリクを小杉Bの席に座らせる必要があった。
しかしそのリクは前方の上川と激しい攻防を繰り広げていたのでこちらも移動ができない状況だった。結局俺は今のままでいいじゃんとやんわり断った。
そのため行きの小杉Bは知らない三人と二時間を過ごすことになった。
帰りの新幹線の座席も決まっており例によって出席番号が隣同士ではない俺と小杉Bは別々の席になった。しかし帰りの小杉Bは席を移動しようとしなかった。
なぜか。
小杉Bは俺が勧誘を断った当初はメチャクチャブチ切れて俺に中指をたてつづけいた。しかし小杉Bはそのあとトランプゲームに入れたらしく、楽しく2時間を過ごした。そのため大阪に着く頃はすっかり機嫌がよく
小杉B「俺今まで大富豪のルールがわかんなかったんだけどわかるようになった、」
とニコニコと俺に話してくれた。そう、行きの新幹線で小杉Bは独り立ちをしたのだ。そんなわけで帰りの新幹線でも俺は小杉Bが横にいないというフリーな状況をつかむことができた。そこで俺は小説を読むことにした。小杉Bありでは成し遂げられなかったことだ。「コラプティオ」というクソ難しい政治小説を数十ページ読んだ。そしてあまりの難解さに気持ち悪くなり俺は目と一緒に本を閉じた。
いつも岐阜に向かうために乗る東海道新幹線。名古屋の先にはこんな場所があったのか。そう思いながら俺は眠った。
17:20
ついにこの時が来た。
すべての始まりに再び戻ってきたのだ。東京駅である。
先生の確認を受ける。全員が新幹線から降りたかの確認である。
小杉Bは帰りもトランプを楽しんだらしい。
俺は後半の1時間は寝てしまった。
その後行きも配られた東京都23区内のJR線で使えるオレンジの切符をもらった。
コレで俺は池袋まで無料で帰れる。
この学校の良いところはいちいち無駄な場面がなくすぐさま解散になることだ。
しおり上に東京駅についた後に解散。同じ文章があっても
平岡学校は有言実行でこの通り2分でお開き。
他の学校では閉会式や校長の話やなんたらかんたら長々と退屈な時間を過ごすことになる。こうして平岡学校は解散となった。
俺は行きと同じ小杉Gを見つけ出し一緒に帰った。
本当に久しぶりに、ホント1年ぶりに彼に会ったような、そんな気がした。
都営大江戸線の東新宿駅のホームへ向かう中俺と小杉Gはお互いの京都での生活を話し合った。小杉Gからは三日目の京都自由行動をどんなコースで回ったのかなどを聞いた。俺たちと違いかなり多くの文化財をめぐったらしい。
小杉G「他の皆がすごい文化財行きたがってさぁ…」
なんでも班長の小杉Gは担任の先生に提出する行動予定表を他の班員に見せた際に文化財が少ないと2つほど文化財を増やされたとのこと。俺と全く反対のパターンだ。俺の時なんか水曜の五時間目で話し合ってたことほぼどうやって合法的に
文化財を少なくできるかについてだぞ。
その後の俺の話しづらさといったらなかった。ある程度は小杉Gも笑ってくれていたが流石に金閣に行かなかったと行った時には一瞬「マジで?」みたいな顔をされた。俺からは三日目のオールナイトについて話した。
小杉Bを星人化してめちゃくちゃやったとか、三上がいる鍵がかかったトイレを
十円玉で開けておもいっきり首を絞められたなどたくさん話した。
最後まで話は尽きなかった。俺が要町で小杉Gと別れるまでずっとお互い話し合っていた。そして俺は帰路をたどり自宅へ数日ぶりに帰還した。
俺「ただいま~」
こうして西田学の長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い長い京都旅行は終わったのだ。
PS あと最終話、エピローグと続きます。最終話は1年後の話です。
「西田学人生初の京都へ行く」第44話「小杉Bから開放された西田はどこへ向かったのか」
44話
11:03
いよいよ残された修学旅行のイベントは一つ。東寺散策である。
ここでも和菓子作りのメンバーが続行され再び中学生三年全員が集合するのはしおりによれば12時30分である。
朝は肌寒かったが段々と日が昇り始め暖かくなってきた。
この東寺はやはり世界遺産に登録された文化財の一つであり特徴的なのはこの建物が日本史上初の密教寺院であるということだ。
とりあえず12時まで自由時間。好きに歩きまわっていい。
青春野郎は他の友だちとくっつき小野田くんとも別行動になった。
しかし俺のそばには小杉がかならずいる。
この京都旅行で彼が横にいない場面はそうそう書けてない。
この膨大な小説の中でもきっと数ページだろう。
そんな小杉は相変わらず俺にちょっかいをかけてくる。
思えば二日目に移動時間中のバス内で始まったカメラいじり。
当然今日もすでに書いてないだけで二回ほどされている。
言ってみれば小杉Bはカメラいじりのベテランになっていた。
細かい部分に磨きがかかってくるのだ。
すべての始まり。初々しい一回目。この頃のヤツはまだかわいいレベルだった。
いや、嫌ではあったけど。
そうじゃなくて、カメラいじりを始めだした頃のヤツにはまだ迷いがあったのだ。
カメラを西田から奪ってはみたもののどうすればいいんだろう。
困惑、自身の突発的な行動に伴う「この後どうすればいいんだ」的な困惑。
そんな感情が彼の顔の表情から明らかに察知できた。
彼はカメラなどには全く興味がなく俺と違い動画とは無縁の人生を生きてきた。
当然カメラを渡されてどうすれば良いのかもわからなかったのだ。
後は俺が適当に嫌がりカメラを返してもらえばいい。いじりは1分も経たないうちに終了。完全に俺が小杉Bを操っていたのだ。
そう初日のあいつはカメラいじりを
ただ俺が持つ所持品を奪い俺を困らせるレベルのいじりにしか捉えていなかった。
しかしはやくもその日中に奴は気づいてしまった。
カメラという電子器具には動画という映像が撮影できることに。
そう、これによって奴は無駄な映像をとって俺をさらに不快にさせるという
いじりの表現性を飛躍的に上昇させた。それと同時に
いままでは単に所持品を奪うというくくりのいじりだったカメラいじりが無駄な動画を記録することによって相手に不快感を与えるというカメラでしかできないいじりの表現方法を生み出したため
独立したいじりの新たなジャンル、境地を切り開いてしまったのだ。
その後も彼はさらなるカメラいじりの発展に尽くした。
農村の発展なんかに力を尽くすのは多くの利益を生むため大いに意味のあることだ。ただ小杉Bの場合、彼が力を尽くして生まれる発展は俺に対する不快度を
増大させるだけであり全く意味のないことなのである。
そんな完璧な理屈をつけて彼に訴えかけても当の本人は布団の上でこちらを見向きもせず目の前にある俺のカメラをニヤニヤとこねくり回し続けているのだ。
動画を撮る新たな工程が加わったことにより初日のようにすんなり返してはくれなくなってしまった小杉。初回は1分で片が付いたが二回目からは軽く5分、10分を要するようになった。
そして三日目。奇跡が訪れる。なんとこの日小杉Bは一度もカメラいじりをしてこなかったのだ。実は考えてみれば当たり前のことである。
この日は京都自由行動の日。外での行動が最も多かった日にも関わらず外の天気は終始雨。防水機能が付いているとはいえ必然的にカメラを出す機会が減ったのだ。
小杉Bのカメラいじりは俺が動画を撮っているカメラを横から強奪することによって発動する。そのためそもそも発動条件自体が少なかった三日目は小杉Bも俺のカメラに手が出せなかったのだ。
そして迎えた最終日。
満を持したかのようにカメラを横から奪う小杉。
「待たせたな。昨日の分を取り返すぜ。」
そんな声が彼のその生き生きとした表情を見ていると聞こえてきた。
別に待ってる人なんて誰もいないし、満を持すほど大層なもんじゃないのだが
最終日だからか今日の小杉は一味違う。
驚くほどにハイペースだ。もう今の時点で3回かまされている。
まさにノリノリのカメラいじりである。
この東寺での自由時間。例によって目の前のどでかい世界遺産を目の当たりにした俺は不覚にもヤツの横で銀色のカメラを茶色のポーチから出してしまったのだ。
俺「紅葉がいい感じですね。」
小杉B「動画撮ってんの?」
しまった。
俺「ね…ちょっ…」
奪われた。画面いっぱいに移る小杉Bの顔。
小杉B「ちょ、撮るな撮るな。」
記者会見などのマスコミを取り押さえる人みたいに言う田中。
俺「ちょ、お前関係者か!」
小杉B「撮らないでください。」
いかにも撮影禁止を注意する人っぽい言い方だ。カメラを手で覆い隠す小杉。
俺「やめぇ!暗い暗い!つまんない!」
その後も小杉はカメラを渡さない。着々とブレブレの動画が生まれていく。
小杉B「ジーーー」
ずっと俺の方を撮る小杉。
俺「もう文化財撮って!俺じゃなく!」
俺の顔を下あごから撮る小杉。
小杉B「うわwwwwきもっちわりぃ。」
俺「気持ち悪いじゃねぇよ!」
しかし実質これがこの修学旅行での最後のカメラいじりとなった。
そう思うとなんだかもう少し優しく接していればと、今となっては思…
思わない。全然思わない。そんなこと。
建物内はいい感じに落ち着いており中でおみやげを勧めているおばちゃんたちが
梅茶を薦めてくれた。建物自体もかなりしっかりしていて平安時代に建てられたものとは思えない頑丈さがあった。
12:18
こうして俺達は東寺の見学を終えた。
これにて京都修学旅行のすべてのイベントは終了した。後はもう帰るだけである。
我々はバスに乗りとある建物へ向かった。そこで一時的に昼食をとった後に
京都駅で全員が集合する。
俺はいよいよこの旅行が終わるのを感じていた。
今日は月曜、とっくのとうに今週の仮面ライダードライブは終わっているのだろう。
今年の9月から始まった仮面ライダードライブは今のところ面白くない。
最近の仮面ライダーは内容が子供向けすぎるのだ。CGを多用できるようになった反面2000年代初期に見られた一話に一台車を平気で壊す実写的な豪快さは無くなった。予算削減かまたは教育の問題か。どちらしても俺にはCGを使っている今よりも
一昔前の仮面ライダーのほうが話に深みがあり、安っぽさもなく思えてしまう。
これでは他の友だちに仮面ライダー面白いよといっても子供っぽいと馬鹿にされてもしょうがない。特に去年の仮面ライダーウィザードはとても子供向けの番組だった。オンエアでみないのはもちろんのこと、時には何週間分も溜まっていたこともあった。そして普通に会話で
「今日ウィザード見るか。」「何話溜まってる?」
「三話だって」「前四週たまってた時あったよね。」
「いやあの時は一週ゴルフで休止になったから話数一緒だよ。」「そっかそっか。」
みたいな一昔前ではありえないような会話が繰り広げられていた。
今年の仮面ライダードライブにも時折ウィザードでのデジャヴを感じることがある。まぁ今年の冬の映画は見に行かないかな。
そんなこんなで我々は旅館についた。
選択したコースによってそれぞれ昼食を食べる場所が違った。
ラインナップは「ホテル佐野家」「ホテルりょうぜん」「おかべ屋」の三種。
俺たちはホテル佐野屋だった。
佐野屋はかなりさっぱりした感じだった。
ホテルより旅館という和風な言い方のほうが似合ったイメージだった。
宴会などが行われるような大きな和室に案内されると
部屋の前には「平岡中学の皆様」という書道の文字が書かれていた。
全員が荷物を置いていく。そして昼食タイム。
俺と小杉はかなり机の端の方に座った。反対側の端にはおたべ体験の引率の先生である英語の先生が座っていた。食事は純和食でとても美味しかった。
そういえば京都で食べる食事もコレで最後だ。
そしてごちそうさま。
その後先生からの指示がある。指示によるとここを出発するのはしおりよりも早い時間に変更になったらしい。
どうやらことが予定していたよりも早く進みすぎたらしい。俺はトイレへでかけた。流石にトイレにまで小杉はついてこない。
トイレは和式だったのでするのが大変だった。ともあれ俺は目的を果たした。することもなくなったし例の和室へ帰ろうと思った。
しかしここで俺はあることに気づいた。
今の状況は俺が小杉Bから開放されている数少ない機会なんじゃないか?と、
帰れば当然小杉Bに俺がトイレを終えたことが確認されてしまう。
これはただで帰るのは惜しい。せっかくこの一人フリーな状況を手に入れたんだ。
何か道草を食って和室へ帰ってやろう。
今俺がいる場所はこの建物において二階だ。しかしどう見ても二階止まりの建物じゃないことは外見を見た時から明らかだった。
ほら、やっぱりな。ちゃんと上へ階段が続いているじゃないか。
もうここには来ないんだ。いまこの階段を登らなければ俺はおそらく一生後悔することだろう。いくしかない。そこで俺は階段を一段ずつ登っていた。
幸い明かりは付いているので怖くはなかったし、ここからさき立入禁止の札も貼ってなかったので罪悪感もそこそこですんだ。三階はまったく二階と同じ構成だった。
和室がありトイレが有り壁が白い。以上。
一通り調べた結果三階は無人だったので俺は平気で下ネタを連発した。
久しぶりに外で「おっぱい」って口に出した気がする。
四階はあったけど暗かったので行かなかった。
PS
次回帰宅です
「西田学人生初の京都へ行く」第43話「俺が創りだしたオリジナルのおたべの味はどうだったのか」
43話
正真正銘京都発祥の伝統的な和菓子八つ橋をつくる事になった俺たち。会社が会社だから鉄のテーブルや壁が鉄製のギンギラリンとした場所で制作するのかとぼんやり思っていたが普通に木製の机に風呂敷が敷かれている全体的に〈木〉感が漂う場所での製作となった。
我々八つ橋の製作に関しては全員が素人。よって指導してくれる人間が必要。おばあちゃん、おじさんたちが前に出てくれて丁寧に説明をしてくれた。さらにそれぞれの机にも一枚ずつ作り方を書いた紙がおいてあるので非常にわかりやすい。さらに目の前にはボウルの中に白い粉、そして横には いろいろな材料が入っていた、おばあちゃんたちはこれで生地を作るのだと言っていた。
これが八つ橋の皮の部分になる。てっきり生地ははじめの段階で用意されているのかと思っていたが、これも皆で作っていく。
次に机上の中心には3つの容器がありその中には茶色、緑色の粉末がこんもりと入っていた。これがこの甘いだけの生地に味の特徴をつける
秘密の粉末だ。つまり茶色はシナモン、緑色は抹茶の粉末だ。これを生地に練りこませ味をつけていくらしい。あとはビニール手袋、伸ばし棒などの道具が置いてあった。いよいよ八つ橋おじさん、おばあちゃん指導のもと制作が始まった。
まずはボウルにいろんな材料を入れて混ぜる、その後こねて正方形に形を整えたものを蒸して皮を作る。皮を蒸すのに20分かかるということなので我々は
時間を効率的に使うため一旦製作から離れて工場見学に移った。
9:30
工場は階段を降りたところにあるらしい。
俺は小杉Bと一緒に下へ向かっていった。
工場についた。ガラス張りの向こう側にはさっきの鉄のイメージがそのまま具現化されていた。四角状の機械がポンポン様々な縮尺であちらこちらにあり、
その空間内を全身白い服を着た従業員がずっと動き続けている。
そしてなんと我々が立つガラスの目の前の機械からは八ツ橋の皮が綺麗に出され続けていた。右側は緑、左は茶色だった。その色づいた生地は色に乏しいこの空間内ではひときわ目が行った。そう小杉と俺がいろいろなものに目を奪われていると、
おばあちゃん「はいそしたらこちらがおたべの工場になりますね。そしてですね、こちらの方では常に五種類から六種類のおたべを作ってます、」
おぉ、おぉ。びっくりした。おたべの作り方を教えていたおばあちゃんがそのまま工場見学のガイドも引き継いでいた。普通に先陣に立って工場まで案内してたから
(あれ?生地の出来とか見てないで良いのかな?)とか思っちゃったけど
まさか彼女がそのままガイドさんだったなんて、一人二役じゃないか、
すごい。あの声が若いバスガイドさんに匹敵する人間だ。
おばあちゃん「手前の方の機械で作ってるのはニッキ、抹茶につぶあんがはいったものになります。」
その後はおたべがどう機械によって作られていくかが説明されていった。
おばあちゃん「そして、一つの機械では1時間に1万のおたべを作りまして、
まず、右端の方から黒いところがあるとおもいます、そちらに生地を入れ込みます。
入れた生地にきなこを振りかけながら3ミリ程度に伸ばします。伸びた生地の上にあんこを七グラムのせまして、そして、正方形に切り、三角に折るという作業までを機械がやります。」
おばあちゃん「そっからさきは人の手によっての詰め合わせになります、
そしてその詰めあわされたものをトンネルを通って、防腐剤、そしてビニールパッケージの中に入れられて、最後箱詰めという形になりますね。」
俺は小杉Bが映りたがって画面に顔を出してくるのをどけながら手作業の様子を撮っていた。普通に工場内を撮っているがこれはセーフなのだろうか?
こんな大企業のしかも全国の八つ橋を制作している工場を撮影したら
十年以下の懲役、または一千万円の罰金、またはその両方が課せられる気がする。
おばあちゃん「大体1時間に1万のおたべを作り、今日は…ん~…30万弱かな?
のおたべをこちらの方で全て作ってます。で、全国で売られているおたべ。こちらの工場が全て作っていますね。そして、2番目のところを見てください。
若干生地の色が異なっているのと、あんこがつぶあんではないと思います。こちらの方期間限定の〈秋おたべ〉というものになります。こちらつぶあんではなくって、
つぶ栗のあんこと、紫芋のあんことなっています。」
おぉ~美味しそう。説明聞いてるだけで美味しいのがわかる。
おばあちゃん「では、せっかくですので皆さんにできたてのおたべを召し上がっていただきたいと思います。」
キターー!待ってました試食タイム!やっぱ君はわかってるおばあちゃんだ!
もうバスガイドさんより全然優秀!でもどこで食うのかな?立ち食いって京都の人礼儀気にするからあんまり勧めないと思うんだけど。できれば座りたい。
おばあちゃん「では、後ろの椅子数が限られています。早いもんがちです。はい座る!」
椅子は前の方にしかない。のろのろ小杉Bと会話しながらきた俺達後ろの方ははじめから座れない。
「これはひどい。」
「争いが熾烈過ぎる。」
後ろの奴らは口々に言葉を漏らす。おばあちゃん!せっかくイメージアップしたん
だ!なんか俺達にも救済措置を!おばあちゃん!
「じゃぁココらへんは、空気イスで頑張れ。」
むちゃくちゃなこと言いやがる。
しかしおたべは全員平等だ。俺達にもおたべが回ってきた。
できたてのおたべをいただく。できたてはなんとなく温かいというイメージがあったが特にそんなことはなく普通の市販のおたべと一緒だった。しかし食感が確実に柔らかかった。つきたて餅を口に入れたようですぐに口の中から無くなった。
小杉Bも「うんめぇ…」と言いながら食べている。さすがにコレは嫌いじゃないか。いつものように隣にいるのでこのおたべもお前食べてと言ってくれるのではないかと期待していた。こういう時に言えよ小杉、
全員がおたべを試食している間おばあちゃんはおたべに関するクイズをしてくれた。
おばあちゃん「さっき説明したの覚えてる?工場で作られてるおたべにはお砂糖何使われているっていった?」
生徒「てんさい」
おばあちゃん「そう素晴らしい。てんさい糖です。」
英語の先生「〈天才〉だお前」
先生が思いがけずウケを狙ってきた。授業中はまったく私情を挟まない先生。
普段の日常からは想像もできない。やっぱり旅行になったら先生にも人間性が出てくるんだなと思った。
こうしておよそ20分間の工場見学は終わった。
おたべ製作に戻ろう。
9:55
帰るとつやつやのおたべの皮が見事に出来上がっていた。
次は生地に粉末をねりこませる作業だ。てっきり俺はいま眼の前にあるきれ~いな生地をパタンと一回折りたたんで三角形を作る。=「なんだ簡単じゃねぇか!」と思っていたが普通に生地に味をつける工程の際に生地と粉末を手でこね合わすのであの美しい正方形の形は見事に面影をなくした。
普通の市販八つ橋の場合粉末は小さじ2,3杯ほどの量で味付けをするらしいが
おれは見事に耳をかさなかった。練りこます粉末の量。この一点にしか俺が作ったというオリジナリティーを表現できないと考えたのだ。
何杯入れるのが良いか。4?いや~4は守りに入ってるだろ~、5行っとく?ちょうど二倍くらい入れたら味に違いが出て良いんじゃないか?あ、でもまて。そういえば俺いつも八つ橋、家で食べるとき少し甘く感じてたんだよな…大衆向けに作ってるからしょうがないとしても…いま眼の前にあるこの八つ橋は世界でもひとつだけ。てことは大衆向けじゃなくても良いんだ。そして俺は甘さ控えめを求めているんだ…。ってことは…?ってことは…?
結果俺は一枚のおたべを作る皮に抹茶の粉末を7杯入れてしまった。
さらに練りこまず外側からパラパラと振りかける粉末分も盛りまくったの合計すると9杯分にもなってしまった。今思えばかなり市販のおたべより色が濃く出ていた気がする。まわりもおんなじようなことをやっていたので比較ができなかった。
そこにあんこをさっきおばあちゃんが言っていたように7グラム入れて三角形にたたんで完成だ。かなり見た目はいい感じだ。問題は味である。
10:36
果たして俺はおばあちゃんの言うことをちゃんと聞けばよかったと後悔するのか
それともあらたなる味の可能性を発見するのか、とりあえず食べてみましょう。
世界に一つだけのおたべ「西田スペシャル」
まずは抹茶から。ぱくり。
ん!うんめぇ!
久しぶりに大きい文字を使ってしまった。
おれが今まで食べてきた八つ橋の中で一番だ。一番オレの味覚に合っている味なのだ。皮がほろ苦く中のあんこが引き立つ。さらにこの抹茶の粉末。始め食べる前まではちょい入れすぎたかな、とか頭をよぎったが全然そんなことはない。
むしろいままでの八つ橋では抹茶の味が砂糖の甘味によってあまり感じられなかった、甘みに隠されている感じがしていたのだ。抹茶本来のもつ苦味が全面に押し出されている。さらにその苦味とあんこの甘味という相反した味が出会うことによって互いを引き立たせている。出来立ての味の凄さは先程の工場見学の際に知っていたが、そこにさらに俺のオリジナルである抹茶の強い味がプラスされている。間違いなく最高の八つ橋が誕生した。これはまさに発明である。
ニッキ味もまたしかり。いつも岐阜のじいちゃんが食べているあのニッキ飴の強烈さに劣らない味を出していた。まさに男の中の男のおたべ、5歳未満は食べられませんとか年齢制限が付きそうだ。いや~美味しい。これは勝ったな。私はあのおばあちゃんに勝ったのだ。八つ橋だけ食べるのでは口の中が甘くなりすぎるということで抹茶をたてた飲み物も用意された。普通のおたべ用に配慮された抹茶だったので俺には必要なかったが一応俺の分もあったので飲んでみた。
にっが。
でもこれを甘みのあるおたべと食べ合うことによって互いが引き立つ、
それではいま手に持っているおたべを口に入れ甘みを取り入れよう。
あ、にっが。こっちも苦い。そうだった。これ西田スペシャルだったわ、
このおたべだけで苦味と甘味の調和は成立してるんだった。そこに抹茶の飲み物など飲んでもただの蛇足にしかならないのだ。あ~~口の中にが。
ともあれ無事におたべ体験を終えた我々、和菓子が好きな俺にとってはかなりいい経験になったんじゃないかと思う。その後バスが来るまでの間おたべ館にあったおみやげコーナーで八つ橋を買った。誰にとは特に決めていなかったが
とりあえず美味しいに決まってるので購入して損はないと思ったのだ。
続く
PS本編はあと2話です
「西田学人生初の京都へ行く」第42話「京都修学旅行最終日はどのように始まったのか」
42話
その後小杉が地球外生命体という未知の設定をいいことに好き勝手に変態な設定を追加していった。
小杉の私物の財布を彼が最も崇め信仰している対象物にし
ソレを彼に与えることで機嫌が良くなると勝手に俺たちは設定した。
そして財布は小杉のケツの骨盤にのせた。
俺「小杉はですね…これが命よりも大切な信教物だといってましたからねぇ…」
三上「そんな親しい関係だったのね。その文明のお方と。」
俺「結構知識人でね。発達してるんですよ。こういう経済的な部分が、日本とも引けを取らない。」
ケツの骨盤に財布を置いても小杉Bの反応がない。
俺「あの、彼の文明ではこのケツの骨盤が一番感じやすいところなんですよ。」
三上「ここ…www」
俺「だから、手よりも…こっちのほうが触覚とか、感じやすいとこなんですよ。彼の文明独特のものです…」
俺「だから今、ホント、これが人間でいう手に持ってる状態なんです。コレが、見てください。」この辺り文字に起こす際俺は何を言っているんだと思ったが動画を見た際言ってる口調は真剣だった。俺は役者である。
三上「なるほどなるほど。」
三上も役者である。
俺「いやあれですよ。やっぱ大事なものなんすよ。コレ結構喜んでくれたから帰ってくれるんじゃないっすかね?」
三上「あ、なるほどなるほど。」
俺「あのすいません、もう帰ってもらえますかね…?コレで…帰ってもらえますかね…」
小杉 むくっ←起き上がる小杉。
俺「あっ!動きがありました。ちょっ…静観しましょう!」
小杉 うつ伏せになって完全に寝る体勢に入る。
俺「あ、ガッツリ寝始めましたね…これ、」
三上「wwwwwww」
小杉B ちょっと笑ってる
俺「完全俺もうここで寝るんだぜみたいな感じになりましたね…」
俺はもう打つ手が無いのでカメラマンとコンダクターを交代することに、
俺「三上さんもなんかやってくださいよ。ちょっと、」
小杉の顔に自分のケツを向ける三上
俺「なんか好きなモノとかさ…彼と触れ合った際に感じた感想とか…」
ブッ
三上は小杉Bにおならをぶっ放した。完全に異文化交流は決裂した。
小杉はめっちゃ俺の布団をバタバタ動かし、必死に空気を清潔にしようと試みていた。あぁ、なんかもう、疲れてきた。
俺「もう今日は俺、こっちで寝るしか無いかなぁ…」
結局オレは小杉を無理やりにどかし、布団に寝たがそれでも小杉に圧迫されることは避けられなかった。決して狭い部屋ではないはずのこの宿泊部屋、なのに何なのだこの閉塞感。酸素に限りがありそうでねれない。
思えばこの旅行も明日で最後、今日がなんとかギクシャクせず終われたので
もうこの旅行の一番のヤマも超えたと行っていいだろう。
明日のイベントは京都判別体験学習。京都奈良で和の伝統文化を体験学習する企画だ。そんなわけで俺はいよいよこの一年にも感じる四日間の修学旅行が終わりに向かっていくのを感じて眠りについた。
っていうか実際今日は京都最後の夜だし、確実に終わりつつあるのだ。
それではおやすみなさい。
00:10 西田学完全就寝 京都旅行三日目終了
最終日
6:00
最終日のアナウンスは誰だかわからなかったが我々は目覚めた。
ちなみに昨夜仕掛けた電子タイマーの目覚まし音を白川Tのセリフの録音音声を流すモーニングコールならぬモーニング白川T計画は失敗に終わった。なんか電池切れだかで俺が起きた時には時刻表示すらされてなかった。
6時30分にロビーに集合し説明を受けた。今日はさっき言った通り京都体験学習の種類によって行動する時間帯が違う、それについての説明が先生によってされたので俺はすごく真剣に聞いていた。しかし最後に先生がわからなかったらホワイトボードを見てくださいと言ったので命を賭けて話を聞く必要はなかったぽい。
さらにそのホワイトボードは昨夜から置いていたらしくつまり俺が昨日ホワイトボードを一枚パシャリしてさえすればこの話は全く聞かなくてよかったことになる。勝手に真剣になり勝手に疲労するという結果に終わった。
その後一旦生徒たちは自身の宿泊部屋に戻りチェックアウトの整理をしろと言われた。印象的だった言葉は「あと3分で部屋を出るよと言われても対応できるように」である。
6:43
我々も一旦部屋へ舞い戻る。
流石に最終日もあって交わされる会話はそれなりに終末感が漂っていた。
話の内容は主にこれから帰ったら何をするかということ。
しかし俺は明日決定事項の避けられない嫌なイベントがある。というか水泳部全員。
俺たち水泳部は明日この長い旅行が終わって疲れているのにもかかわらず陸上トレーニングの部活があるのだ。行くわけがない。
俺「てか、校内で筋トレっしょ?明日、」
三上「あぁ、頭おかしいよ。」
俺「うん。行くわけがない。」
実際に行きませんでした。
6:55
朝食のため我々は階段を降りた。
その際に俺はさっき先生が言っていたホワイトボードを写真でとっておこうと思った。ホワイトボードにはこう書かれていた。
(平岡中学校の皆様
お疲れ様です。
明日の朝の出発順は以下の通りです。
1.和菓子制作コースA(ししゅう館)②、③号車
2.金箔押しコース④号車
3.清水焼コース⑤号車
4.江戸時代体験コース⑥号車
5.和菓子制作コースB(おたべ本館)①号車
順に館内放送でのご案内を致しますので、ロビーに集まってください。)
みなさんはここで初めて見ただろう。
これが京都体験学習のラインナップの全てだ。
そして俺たちが選んだのは一番下の和菓子制作コース(おたべ館の方)である。
江戸時代体験コースは京都の映画村に行くということだったので
仮面ライダーでよく撮影に使われる映画村と聞いて俺は真っ先にそれを選んだが
ほかの皆の興味がなかったので第二希望の和菓子制作コースになった。
とりあえず今は朝食の会場へ向かわなければならない。
しかしここにきてまた資料不足。残念ながら朝食の描写をすっ飛ばさせてもらう。
8:42
いよいよ約二日間をともにした石長松菊園と別れを告げた。
手を振りまくった。バスの外には多武峰観光ホテルとの別れの時と同様女将さんや
従業員などが出てくれて手を振ってくれた。
バスガイドさん「はい、それではお待たせ致しました、出発させていただきます。
左側でホテルの方お見送りをしています。元気よく手を降ってご挨拶お願いします。」
バスに乗り込んだ俺と隣の小杉Bはホテルの関係者に手を振った。
しかし小杉Bはその横に貼ってある政治の広告がずっと気になってたらしい。
小杉B「だれあの人達」
俺「おい、そっち関係ねぇよオマエ、あっちを見ろよ。」
紙の広告の中にいる満面の笑みの政治家をずっと気にしてた。
俺「ピースしとこう。ピースしてほしい!誰か!ピースして!」
するとギリギリで一番端の女将さんが笑顔でピースをしてくれた。
俺「あ!やった!してくた!今してくれた!一人!」
やったぞ小杉B!見たか!
小杉B「名前がおかしすぎる。」
こうして俺は京都の人たちのノリの良さと小杉Bの無関心さを知って宿をあとにした。
9:00
俺が体験する和菓子屋制作コースの現場へ着いた。思ったほど遠くなかった。
おかげでバスガイドさんにも十分な時間が与えられず実力を発揮できなかったようだ。京都体験学習にはコースごとに同伴する先生が違う。
それは担任とは限らず我々和菓子製作コースBには昨夜班長ミーティングで
ちょっと怖い話をしていた英語の先生がついた。
ここはおたべ館。おたべ館という名前から想像して考えるに皆はこの施設がおばあちゃんたちがほんわかと開いている体験学習店の一つにすぎないと思っただろう。
てか、俺は思ってた。しかし実際は全然違った。ここおたべの正式名は株式会社おたべ。なんと現在京都だけでなく、全国の八つ橋のすべてを担っている大企業だったのだ。よってこのおたべ館もただの館ではなく八ツ橋を実際に製造している工場を持っていたのだ。おたべ館にあった資料やパンフレットを見てみるとどうやらおたべという名前はこの会社が売り出しているつぶあん入り生八ツ橋のことを指すのでありここ京都では八つ橋とは殆ど言わないらしい。おたべの由来は以外にも大阪の枚方にある「くらわんか餅」からヒントを得たらしい。
「くらわんか」という船頭言葉で「たべませんか?」の意味。 これを京都弁で上品にいうと、「おたべやす」。 けれども、商品名にしては長いということで、「おたべ」と命名されたらしい。もっと横文字とかカタカナとかつかえばカッコよくなるのにと思ったがこの会社、自らを名乗る名前にはかなりのこだわりと考えを持っており、「かっこ良くなる」というだけで横文字にする俺の浅はかな考えとは違ったのだ。それに彼らの名前のこだわりはまだある。全国にニーズを持つおたべは地方向けの商品を作る際どうしても認知の違いから商品名を「おたべ」ではなく「八ツ橋」としてネットに登録しなければならず、おたべという名前はせいぜいパッケージに表示するくらいがやっとなのだ。自らの名前封印せざるを得ない株式会社おたべ。しかし彼らは「八ツ橋」という普遍的な名前を使う際も独自の拘りを見せた。なんとおたべの生八つ橋の「つ」は、柔らかさをあらわすため、それまでのカタカナの「ツ」ではなく、ひらがなの「つ」を使っているのだ。
そうとも知らず俺はこの小説でもいままでずっと変換して一番上に出る八ツ橋の文字を入力し続けていた。さすが名前こだわり会社おたべである。
PS いよいよ最終日に突入しました。
のこり数話です。頑張ります。
「西田学人生初の京都へ行く」第41話「どうやって西田はいつもいじっている小杉Bをいじったのか」
41話
俺「あの~何をしに来たんですか?この星に、」
小杉「…………」
俺「あのどいてくれません?」
俺はまだチャンスがあるかぎり小杉を自分の陣地からどかすことを諦めなかった。
だからすこし個人的な気持ちもあり役柄に入り込めた、
設定としては地球から撤退=どいてくれません?という意味で使っていることにしよう。
俺「あのちょっとどいてくれません?こっから。」
小杉は両足を曲げてこっちを蹴り続けている。その足の様子はまるで、
三上「またM字開脚してるよ。」
俺はそのMの真ん中の凹みの部分を見るために足を開かせ覗き込んだ。
今回は俺がいじる側なのである。やりたい放題やってやる。
小杉「チッ」
蹴られた。痛い。小杉Bはずっと足をバタバタさせている。
俺「この生物は機嫌が悪くなるとこうなるのか…」
俺が持っている電子目覚まし時計はボタンを押すと液晶が緑色に光る。
それを小杉のケツに照らしてみたりする。普段の仕返しを全力で返す。
どうでもいいことを真剣に演じて全力で小杉をいじる。
俺「ちょ、カメラさんよってよって、ここ。見てここ、小杉のケツにですよ、
この緑の光を当ててみましょう、」
ピカッ
三上「なんか緑の液体がケツから漏れたみたいじゃね?」
俺「漏らしてんじゃんwwww」
小杉(始終中指を立てている)
俺「あの~ちょっと…我が…我がベットみたいに寝てますけど、そこ一応俺の場所なんであっちに行ってく…」
ゆっくり小杉を動かそうと小杉の腰に手をかける俺。
払いのけようと全力で手を振った小杉の右手が和室の柱にぶつかった。
ガン
俺「あ、今ちょっと痛かったですね,小杉ちょっと今痛かったですねw」
小杉B真下に親指を向ける。
俺「あの…どいてくれませんか、
そのあのファッキューみたいなサインはいいんで…」
そう言いながら俺はまた小杉Bが嫌がるように
おしりを支点に小杉Bの体を揺さぶった。
俺「どいてくださいよ、小杉さん、ちょっと、」
小杉Bのケツゆっさゆっさ、
小杉の手 ビュッ!
すぐさ尻を揺らしてる俺の手を払いのけようとする小杉、
だがまた俺は一歩先に引っ込めた。
ガンッ
俺「あっ…」
三上「wwwwwwwwww」
向こう側を向いて寝ているのでこちらの様子が小杉にはわかっていない。
だからうまく俺の手も払いのけられないのだ。
俺「あの…ホントどいてくれませんか?ここホント…俺のベッドなんすよ、
小杉のベッドこっちなんですよ、そのちょっとあの、小杉さん?何が目的なんでしょうか?」おしりゆっさゆっさ。
「望みを言って…望…」
小杉Bの手 パシッ←俺の手を払いのける
応える気はないようだ。
俺「あっ…」
三上「wwwww」
もう小杉の手で彼の意図を汲み取るしかないようだ。
俺「あ~…もう消えろと。僕には消えろと言ってますねコレは。」
小杉の手 左手の中指を突き出すしぐさ
俺「あっ、あ~…オマエはふぁっきゅーだみたいな。」
小杉の手 両手クロスで中指を立てる。
俺「あ~もうギャロウェイっつってますね。コレ、ギャロウェイって。」
もうそろそろキレるんだろうかコレは。
俺「だってさぁ。ここ俺の…ね?…寝床なんでね…一緒に寝ることになっちゃうんで、そういうのはちょっと暑苦しいんじゃないかなとおもったりして…」
小杉Bのけつ ゆっさゆっさ
小杉B 自分の尻をおもいっきり叩いてバチン!!
俺「あっ、すみません…あぁ~…汚らわしいお前らみたいな感じですね。
ファブリーズで除去しなきゃみたいな感じですね…」
俺「あれ、何やってんですかコレ?」
指で自分のケツをなぞる仕草をする小杉B
俺「あ、ケツを掻いてくれって言ってますね、コレ。」
小杉Bのケツを手でカキカキ、
バキッ!
キックを食らう
俺「痛ってぇ!!」
違ったらしい。
三上「wwwwwwwっ!」
ドス、ドスッ!←俺を蹴る音
俺「だってそういうジェスチャーだったじゃん!」
23:40
俺「そろそろどいて欲しいんですけど…あれ小杉さん?」
服をズボンの中に入れる小杉B
俺「あ、寒いんですね。」
三上「温めてあげれば?」
服をズボンの中に入れるのを手伝う俺。
俺「コレで機嫌がちょっと今上がったと思います。」
三上「さすってあげればもっと上がるんじゃ…?」
俺「んん~。」
小杉Bのケツさすりさすり。
ガキッ
俺「痛い!!!」
ガス!ガス!ガス!ガス!
俺「痛って!痛って!カッターみたい!」
三上「wwwwwwwww」
ふと小杉に蹴られながら床に目をやると一本のストローが落ちていた。
俺「あれ?…これ、」
ストローである。プラスチック製のなんの変哲のないストロー。
始めは伸び縮みさせていたが次第にどこかに挿したくなってみた。
ストローはもともとジュースに挿すもの。ここに落ちたストローもきっと何かに挿さりたいと思っているに違いない。どっか…なんかないか…?
チラッ、横には先ほどの無防備な小杉のケツ。
あ、ここだ。
カメラマン三上に目で合図を送る。地球外生命体小杉のケツにストローを挿すぞ。
絶対にこの瞬間を移しておけ、と。それでは入れてみましょう。
いちとぉ。にぃとぉ。さんとぉ、よんとぉ…えぃ。
ぷす。普通に伸びきったストローが小杉のケツに押されて縮んで終わってしまった。
俺「これなに…」しかしその時。
ガバッ!
小杉まさかの起き上がり。すかさず捕まる俺。小杉の両足でめちゃくちゃ首を締め付けられた。
俺「あ…あ痛い!!!首痛い!首痛い!」
そして制裁タイムが終わった、呆然と天井を見上げる俺。
ちょうど小杉の両足に挟まれるような状態だったので、頭を小杉の股間に乗せてみた、小杉「チッ」
ガンッ!背中を蹴り飛ばされた。
一回小杉が起き上がったので、体制が少し変わった。つまり、いままではうつ伏せに近い体勢だったのがこちらに股間を向けるような横に寝る体勢になったのだ。
俺「あれぇいまどこいった…?」
ストローを探す俺。まだ懲りてない。
三上「小杉のケツにストローを入れようとしたら駄目でした。」
俺「あれ結構美味しい材料だったのに…」
あれがあれば小杉Bいじりの可能性が広がる。
小杉Bのが寝返りをうつために一瞬足を浮かせた。そこにストローはあった。
小杉Bという絶対にどかすことのできない岩のような存在に踏み潰されていた。
今このタイミングを逃せば、ストローは一生ヤツの巨体の下敷きだ!
俺は素早くストローを掻きだした、
俺「あ、あった。これですね。これです。危なかった…」
俺「コレをどう調理するかで結構問題になってくる。」
中原「また挿したら?」
俺「そうすね…
ちょうどね、180度回転してくれて、あの…こっちのバミューダが…
中原「wwwwwwww」
…前に出てきてくれたんで…新しい一面が見られるかなぁ…と思いますね。」
小杉B「…………」
そんなわけで再び挿すことになった、
俺「ちょっと緊張です。緊張のおもむきです…」
三上「緊張?」
俺「結婚式で例えると入刀の感じですかこれは。」
小杉B ずっと親指を下に振り続けている。
俺「初めての…共同作業…」
小杉のケツに俺がストローを差し込むという小杉と俺の初の共同作業。
近づくストロー、だんだん小杉のケツとの距離がゼロに向かっていく…
俺「僕は逃げません…ぁあ…これは…みじ…」
バッ!!!小杉の手が俺を襲う。
俺「うわっ!」
三上「wwwwwwww」
めっちゃ怖かった。これ以上この件に深入りするな…いや、これ以上このケツに深イレするなということなんだろう。流石にこれ以上攻めると小杉もキレそうだ。
俺「ちょっとあの…お供え的な感じで…置きましょう。彼のそばに。」
三上「なるほど。」
俺「コレで静まってくださいっていうね…気持ちを込めてね…」
小杉の顔の付近においてみる、そして離れたところから様子をうかがってみる。
小杉、あ、小杉はストローを持ったぞ、そして…そして…
俺「あっ、あっあっ…」
ストローをくわえ息を吹き、更に息を吹いた瞬間同時に口を開け、息で吹いた風力を使って離れた場所にいる我々につき返してきた。
小杉B「ブッ」飛んで来るストロー
俺たち「うわぁあ!!」
俺「信じられない!彼はストローを加えて…ぷっと吐き出しました…独特のね…知性があるんでしょうねこのように…」
三上「独特のね…考えがあるね…」
俺「例えばここ(足を折り曲げている)が90度なのが結構注目ポイント…」
小杉の足つんつん
小杉、手で振り払い足も真っ直ぐにする。
俺「あ、90度じゃなくなりましたね。90度には意味ないっすね。」
俺「あ、でも…また90度ですよ。
やっぱこれ俺の推測は当たってるんじゃないですかね?」
三上「あぁ、なるほど。」
俺「ここの足を90度にすることで彼の文明は…意味があるんじゃないですかね?」
三上「どういう意味があるのかちょっと調べてみたらどうですかね…?」
俺「夜にリラックスして眠れるっていう…」
三上「なるほど!」
俺「そのポーズがコレなんじゃないですかね…」
小杉B「ソレは一理ある。」
喋った。
俺「今しゃべりましたね?喋るキャラじゃないと思っていたのに…」
続く
PS 次週ついに長かった三日目編最終回です。
そして同時に最終日編が始まります