「西田学人生初の京都へ行く」第21話「マラ石の果てに何を見たのか」
10:48
中にはいる。
その前に予想外だったのが、見学料金200円を徴収されたことだ。
俺は「しょうがない感」があるが違うんだ。班員全員が徴収されたのだ。
これは全員が予想だにしていなかった。
今まではしおりを見せるだけ、俺に至っては愛想笑いで楽々侵入できたのに
ここにきてガチ目の見学金徴収。さすがに愛想笑いは使えなかった。
そもそも受付場的な場所が今までとは全く違っていた。
すごい立派な建物なのだ。なんていうか「おまけ感」が全然しない。
このスポットの受付場?わかった作るよ、作っとくよ、ポチ。みたいな感じではなく一つの建物として建っているのだ。造りも簡易的なものじゃない。
立ち寝でいいなら普通に人一人が永住できるレベルの大きさ。
受付係も全員女性で若かった。
眠くなっちゃって愛想笑いでも通過させちゃう従来の人員とは違う。本気なのだ。
受付場にこれほどの本気。いったい中はどうなっちまってるんだ。
中は一本道でその横には木々が生い茂っていた。
そして道の先には橘寺本堂が見据える。
入った瞬間から存在感を感じた。
さらに進んでいきいよいよ本堂近くにまで進む。
すると突如上手から馬の形をした像が出現してくる。
全体は緑色、青銅が原料かと推察されるその像はなぜここに建てられているのか。
その後本堂へ、
本堂は黄金使用類のバリバリ派手感はなく非常に落ち着いていた。
その後本堂の横にちょこんと石が置いてあった。
入った時点では気づかなかったがこれも
飛鳥時代の立派な石造物らしい。「二面石」と呼ばれるその石は文字通り
左半分右半分に顔らしいへこみやとつがあった。
これは善と悪の感情を顔にして人々の心の持ちようを表したものらしく、
右が善パート「右善面」、左が悪パート「左悪面」と名前が付けられていた。
こうして我々は橘寺を見終わった。
俺はこの橘寺のポイントに気づいた。聖徳太子だ。
聖徳太子とこの橘寺にあるあらゆるものに関係があるのだ。
一つは例の馬。
この馬は看板によると「黒駒」という名前の馬らしく
聖徳太子のお気に入りの愛馬だったらしい。
この馬に聖徳太子は乗って各地の説法に赴いたと言われている。
そして本堂。柱に貼られていた札で俺は気づいた。
「聖徳太子御誕生所」と書かれていた。
つまりこの場所で聖徳太子は生まれたのだ。
橘寺を全て見終えた。時間にして約20分。
思えばこのサイクリングで回ったスポットの中で
一番重要なスポットだったと言えるだろう。
11:05
これで4つのスポットを回ったことになる。
案外好ペースに思えてきた。
しかもタイムリミットは正午、あと1時間弱ある。
あと3つくらいスポットを巡れる。誰もがそう思った。
思っていた。
向かった先は「マラ石」だ。
そこを指定した三上曰く
〈地図で見たらここから近い〉とのこと。
あの意味不明マップで見たところがどうにも安心できなかったが
彼の今までの神がかった実績を軽視できない。
それに我々には共通してマラ石を一目見たい諸事情があった。
満場一致で「マラ石」へ我々は向かうことにした。
しかしこれがサイクリング始まって以来のスランプの入口だったのだ。
マラ石は地図で見ると今我々がいる橘寺より少し上に位置していた。
というわけで我々も上へ自転車で登る。
しかし地図上では表せない障害が幾つか発生してくる。
その一つが坂道である。坂がすごい続くのだ。角度はさっきほどでもないが
距離が長い。11時。それはもう完全な昼時であり日光がギンギラ俺たちを襲う。
厚着をしていた俺らに対する試練のようだ。
小杉Bはこの時だけは自身の服の薄着さを喜んでいた。
しかし。一向にマラ石は姿を表さない。そもそも坂道がずっと続いている。
今まで見てきたスポットのどれもが平面上に位置していた。
そのためマラ石が現れるにはまずこの坂道が平面の道になる必要がある。
しかしならない。これが一向にならない。登り続ける。
平岡生が通っていないのはもう慣れたことだったが
地形が安定してないことについてはまだ経験がなかった。
一行に新たな類の恐怖が生まれてくる。
そして順調だった旅も次第に難航していった。
さすがに地図をカバンから取り出し確認する。あてなく進みすぎだ。
地図上では橘寺とマラ石は3センチくらいしか空いていない。
地図で分かるのは結局橘寺より上に位置して三センチ分の距離だということだった。我々は進み続けることを選んだ。三センチ。地図上にして三センチの距離さえ進めばマラ石にたどり着くのは確かなのだ。
漕ぐ。ペダルを漕ぎ地図で確認。その繰り返しだ。
そのうち周りは人が住む町から未開拓の森のような景色へ変わっていった。
道は次第に無くなり道っぽい部分を進むしかなくなった。
変わらなかったのは坂道だけだった。
山ハイキングよりも辛かった。もうヘトヘトだ。
下は草が生い茂り傾斜の激しい原っぱのような感じになった。
そして周りにはこの季節の風物詩栗がボトボト落ちていた。
トゲトゲしてみるからに攻撃的なそいつは俺たちの侵入を妨害しているように思えてくる。しかしついに平面になった。しかし次の瞬間にはまた地面に傾斜がかかりできた坂へ繋がっていた。また坂である。坂だ。坂だ。坂だ。坂だ。
どうせすぐ坂なので自転車は乗ったままの方がいい。それは分かる。わかってはいる。わかってはいるが全員が自転車から降りた。ついにみんなは坂という終わらない地獄に進むことを放棄し乗り物を乗り捨てた。
三上がいった。
三上「これぜってぇ間違ってるだろ。」
薄々気づいてはいたが口に出したくなかった。しかし三上は言ってしまった。
この道が間違いだと残酷にも。どうするんだよ。小杉Bがいった。島田くんは疲れて何も喋らない。
俺「じゃぁおれもうちょっとだけ行ってみるよ。一人で上に。」
空気を読んでとか、みんなの為とかでなくただ俺が無駄にしたくなかった。
この進んできた坂道を。本当にこれで帰ったらすべて無駄になってしまうのだ。
三上「マジで?」
俺「うん。なんか見つけたら上から伝えるから。」
小杉B「じゃ、行ってきて。」
こうして俺は一人緑に覆われた坂道、もはや山を登り始めた。
急だ。地面と垂直には立てず自然に手が足の皿にくっつく体勢になる。
この坂は悪魔だ。
ちょっとだけ平面を設け一旦班員に希望を持たせ
その後に坂をつなげることによって一瞬で打ち砕く。
おかげで俺の班員は自転車を降りた。
俺は動画を回し始めた。トラウマになったあの坂道以来の動画を。
俺「ハァ…ハァ…皆さん…私は今…とんでもないところに来てしまったようです…」
なんでこんなことになったんだろう。橘寺とマラ石との地図上の空きはおよそ3センチだったはず。なのになぜ俺はこんな山奥をさまよっているのだ。
俺「ハァ…なぜ…私は…ハァ…こんなところを歩いているのでしょう…ハァ…」
やっぱり間違いだったんだ。地図で進路を決めるなんて。地図は平面だから情報が少ないんだ。地形の高低差なんて平面の地図に表記できるわけがない。
そして俺は立ち止まった。果てにたどり着いたのだ。明日香村の果て。
おそらくこの修学旅行できた250名の平岡生の中でその景色を見たのは俺のみだろう。中央に杭が一本刺さっていた。鉄パイプのような丸型の杭が一本、道無き道を探し歩いていた俺の進路に刺してあったのだ。これでわかった。マラ石は別の場所にあり俺たちは進路を間違っていた。
俺「これは…絶望だよ…嘘だろ!?…」
俺「行き止まりかよ~…」
下から小さく声が聞こえた。三上の声だ。
三上「どうしたー?」
俺は叫んで伝えた。
俺「行き止まりだよぉぉおぉおぉおおおお!」
下で笑い声が聞こえた。
すでに伝わったようだが構わず叫ぶ。ただ俺の叫びが山奥に響いていた。
俺「マラ石無いよぉぉぉおぉぉ…」
走って下に降りた。島田くんと三上と小杉Bがいるところだ。
坂を急降下したため思うように止まれず疲れた。みんなは笑っていた。
俺「無いよ…行き止まりだったよ!…ハァ…ハァ…」
三上「どんくらい上まで行った?」
俺「ハァ…ハァ…」
三上「どれくらい上まであった?」
俺「世界の果てまで行った気がした…」
俺「もう杭が一本刺さって終わってた!」
小杉B「ハッwww…」
三上「間違ってんじゃんかよ、おい~…」
マラ石にはたどり着けなかった。
完全に方向を間違えたのだ。
PS本当に橘寺に行った気になる。案外いいかもしれない。