「西田学人生初の京都へ行く」第15話「宿泊所から出発する際従業員たちはなぜあんなにおじぎしてくれるのか」
15話
7:30
まず本日最初のイベントはレンタルサイクリングだ。
明日香村を舞台にして事前に班長に配られたマップのポイント等を参考に
午前中一杯サイクリングをするのだ。
注目するべきポイントは団体行動ではない事。
確かにマップには先生が記したポイントもあるが
そこへ行くのは強制ではなく参考程度なのだ。チェックポイントではない。
このサイクリングイベントを自由行動にするのは
団体行動による自転車の混雑を避ける目的もあるだろうが、
一番に生徒と教師達の信頼関係がないと成り立たない。
我々に信頼を結びつけるとは先生達はかなりアドベンチャラーな人々だ。
従ってそれぞれの班ごとに思い思いの場所へ好きなタイミングで行ける為、
その自由度により明日香村のサイクリングの
学習感のありありさを上手くカバーしている。
そんな巧妙なイベントが本日一発目に来る。集合は8時25分にホテルの駐車場。
またバスで明日香村まで移動するのだろう。
その際このホテルとは完全にお別れになる。
二日目と三日目の宿泊先は一緒だが、
一日目に宿泊したこの「多武峰ホテル」(とうみねとよみます)は一回きりなのだ。
今現在7時30分から後約一時間でこのホテルを去る事になる。
という訳で俺は残されたタイムリミット一時間の中で
このホテルを最後に満喫してやろうと思った。
始めはホテルからの景色を撮ったり、同じ班員の友達に撮ってもらったりした、
しかし水泳部2人が俺の目覚まし時計で
遊んでいるのを見てすぐに現場へ急行する。
俺の目覚まし時計は今から約一年前に父と日曜日一日を潰してビックカメラで購入した録音機能付きのものだ。タイマーをセットすると所定の時間にその録音した音声が流れるのだ。
俺はこの旅行の為に自宅でフジファブリックの「赤黄色の金木犀」のイントロを
録音して美しいギターの音色と共にさわやかに目覚めようという計画を立てた。
今朝はならなかったけれども、
今夜こそセッティングを見直してリベンジしてやろうと思っていた。
しかしその不思議な時計を見つけ仕掛けに気づいてしまった水泳部2人。
早々に録音されていた俺の渾身のフジファブリックをリセット。
色々声色を変えたり叫んだりしてもはや俺を気持ちよく起こすという気は皆無だ。
俺「ねぇ、もういいから」
小杉Bが握ったまま時計を離さない。微笑を浮かべながら時計を見つめている。
どんなセリフを言えば俺が困るかを考えているのだろう。
だが浮かばないようだ。
俺「はい、はいもういいや、お前恥ずかしいんでしょ。」
小杉B「はい、みなさんどうもこんにちは。偏頭痛で~す。」
こいつ、俺のYouTube上でのネタを出してきた。
俺「ばかやろう!やめなさい」
小杉B「ねぇちょっと一回再せ…」
そんなことさせてたまるか。あの存在は水泳部以外学校内では隠しているのだ。
俺「だめだめだめ、絶対もう、消す。」
小杉B「待って!」
俺「エェー!!」
俺は無理矢理新しい音声を上書きで録音した。
セリフは何でも良かったのでとりあえずぱっと浮かんだ叫び声を録音。
録音音声〈エェー!!〉〈エェー!!〉〈エェー!!〉〈エェー!!〉
録音が連続再生される。
小杉B「ねぇ、気持ち悪い…」
三上「サルの泣きまねみてぇだな、」
録音音声〈エェー!!〉〈エェー!!〉〈エェー!!〉〈エェー!!〉
三上「ねぇ、何録音しよっかな、」
俺「もういいよ、それより早くシーツ畳んで、」
録音音声〈エェー!!〉〈エェー!!〉〈エェー!!〉
こうしているうちに8時を過ぎて部屋を出る
荷物準備をしなければいけなくなってしまった。
8:10
三上「西田行こうぜ。」
俺「ほい、」
そしてバスに乗り込んだ。明日香村へ出発である。
相変わらずバスガイドさんがいた。
昨日の昼にいたあの声が妙に若々しいあのバスガイドさんである。
バスガイドさん「え~皆さん、おかみさんや館主さんがお見送りしてくださいますので、え~皆さん、右側手を振ってくださいね。」
俺「一日目の宿から帰ります。もうすぐ出発です、」
俺「あ、進み始めましたね。多分右見ると旅館の人方々が、ほら、
礼したり手を振ったりしてくれんで俺らも手を振りましょう。」
バスガイドさん「席右側の方特に手を振ってお願いしまぁす。」
俺「は~い、ばいば~い、ばいば~い」
俺と小杉Bは満面の笑みで手を振りまくった。
小杉Bは時々お辞儀で返したりと芸が細かかった。
小杉B「お辞儀にはお辞儀で返す。おいっす、おいっす。」
俺「俺はピースでウェイウェイウェイってしよう。」
小杉Bはお辞儀で返し、俺はピースでウェイウェイと
ほぼ旅館の人たち全員にさよならの挨拶が行き渡った。
旅館がだんだんと遠ざかっていく。
俺「後ろに見えんじゃね?」
試しにカメラで窓を映しズームをしてみたらまだ誰一人帰っていなかった。
小杉B「うわ!すげぇ、あんなにお見送りしてくれるの!?」
俺「振り返ってみれば良い宿だったね。」
小杉B「すごいなぁ…」
そこから小杉Bと俺は明日香村に着くまで少しの間眠ろうと試みた。
しかし、バスガイドさんのトークLIVEがマイクを通じて繰り広げられている。
寝れる訳が無い。あれだ、この状態はあれだ。
劇団四季の「レ•ミゼラブル」の講演会場で寝ることを試みるようなものだ。
バスガイドさん「…であの、本日土曜日、明日日曜日という事で
もうぼちぼちもみじ紅葉し始めてますのでね、たくさん、もう全国から、ここの紅葉みようという事でね、お客さんが詰めかけるんです。
もう朝すでに皆さんがホテルから駐車場来られるまでね何台か、地方ナンバーの車が何台かマイカーで紅葉見にやってきてたようですね。
はい。待望の明日香なんですけれども、
皆さん。頂いた地図持ってますよね。私もお借りしたんですけれども、
この地図、コンパクトに行かれるだろう所まとまってますので、
必ず参考にしていただいて、迷子にならないように気を付けてください。」
うん。最初の紅葉の話の必要性が分からなかった…
バスガイドさん「そして皆さん聞いてらっしゃると思うんですけどね、
しおり必ず忘れずに持参していってください。全員しおり持ってますよね?
で、その表紙など見せていただくと無料で入れる所があります。」
小杉B「おぉすげぇ、」
小杉Bと俺は睡眠不足で座席のリクライニングに完全に横たわっている。
だから会話も必然的にお互いバスの天井を見上げながらぐだぐだで展開する。
俺「何が」
小杉B「しおり持ってれば、参加費無料で行けるんだって。」
俺「俺持ってない…」
小杉B「え、でも下(荷物倉庫)に入ってるでしょ。」
俺「うん…表紙が…ない…」
小杉B「………」
俺「一枚…取れた…」
しおりはある事にはあるがホッチキスが取れて
表紙の部分だけがなくなっている。
小杉B「いや、いいんだよ。しおり見せれば。」
いいのかな。
そのとき俺の他にもしおりを持っていない人がいたようだ。
持っていないと言った人がいた。
バスガイドさんの話が耳に入ってくる。
バスガイドさん「じゃぁ~その人は残念。自腹で見学料払ってください、」
私はその時なぜか目を閉じてしまった。耳を塞ぐのは手を使いめんどかったので、
目を閉じたのだ。その話から逃避する為に。
相変わらずぐだぐだに会話は続く、小杉Bは窓側。
俺に背を向けながらずっと車窓の景色を撮っている。俺のカメラで。
俺「いや~…不安だ…」
俺「今聞きながら寝ながら不安になってるよ俺。」
小杉B「やべぇ、ちょっと窓の景色きれいだわ。」
俺「てか何でお前が俺のカメラでずっと撮ってんじゃ。」
小杉Bは動画を見ている人にむけて語りかける。
小杉B「いや、コレ西田に無理やり撮れって言われたんですよ。」
俺「嘘を付けよ。」
俺「俺が寝ている間、手の握力が弱くなったときに盗みやがって。」
小杉B「西田に無理やり撮れクソ野郎って言われたんですよ、」
俺「はい、じゃぁもう切っていいよ。」
俺「ほら、切らないってことはこの人の意思でやってるってことです、はい。」
小杉B 無視
俺「…………」
小杉B「…………」
俺「もぅ、電池無くなっちゃうよ…」
小杉B「え?でも昨日充電したんでしょ?」
俺「いや、そういう問題じゃない…」
俺「え、だって昨日充電したって無くなっちゃうじゃん…」
小杉B「じゃぁなくなるまで撮ろう。」
俺「いや、撮りたいときに撮れないの一番駄目だから、」
小杉B「何か耳が痛い。」
あぁ無視られた。小杉Bのアビリティグッドバイだ。
そして小杉Bの俺のカメラいじりはこの時を境に
たびたび行われる事になるのであった。
バスガイド「確認します。え~っと、この地図のね、向かって右側。上の方に
〈飛鳥資料館〉ってあるね。そこが無料で入れます。そしてね、その下の所に〈万葉文化館〉これも、
無料で入れます。それからもう一カ所。あの地図でみるとね、
その隣にあるようにみえるんだけれどちょっと離れてるからコレは気をつけてください。
〈飛鳥寺〉この三カ所ね、無料で入れると聞いておりますので、せっかくの機会、ぜひ活用してください。それからね…」
続く